トルコ風呂に潜入≪十月八日≫ ―燦―トルコ風呂はすぐ見つかった。 グンゴーホテルから歩いて二三分の所にあった。 看板には”トルコ・ハーマー”と目立たない字で書かれてあるだけで、昔風の石造りの薄汚い建物をそのまま使用しているようだ。 玄関も暗い雰囲気がする。 重厚な扉が中を不気味にしている。 扉を開けた。 ”ギー!ギギギ―・・・・ギ―!” 中は薄暗くて、何も見えない。 どうやら、トルコ名物の停電にぶつかってしまった様だ。 僅かに揺らいでいるランプが、所々でほんのり輝いているようだ。 目が慣れてきたのか、中の様子がなんとなく分りかけてきたと言う程度の明るさが、部屋を照らしている。 ランプの下では、日本で良く見かける、風呂やの番台ような所に、トルコ人のおっさんが座ってこちらを睨んでいる。 俺 「こんにちわ!」 おっさん「いらっしゃい。」 俺 「一人、いくらですか?」 おっさん「・・・・。」 新保 「風呂って何処にあるの??」 周りを見渡すが、それらしきものは何処にも無い。 とにかく、停電なので何事も手探りなのだ。 人の気配が突然した。 今の今まで気が着かなかったが、どうやら二三人の客が居るようだ。 おっさん「一人、12.5TL(280円)だ。」 3人とも、親父に料金を支払って中に進む。 中は広いようだ。 正面と左手の方が、ロッカー・ルームになっているようだ。 そこへ我々が案内される。 大きなタオルを二枚渡された。 バスタオルのデカイやつだ。 早速、衣服を脱ぐ。 新保が何もつけずに歩いていると、大きな声がした。 おっさん「そこの3人、タオルで前を隠しなさい!」 おっさんに注意されてしまった。 控え室には、マッサージ用なのか、ベッドが一つ置かれていて、部屋を占領している。 この部屋に3人、押し込まれてしまうと窮屈で仕方がない。 洋服掛けもある。 素早く裸になり、控え室を出ると”あっちへ行け!”と教えられる。 教えられた方を見ると、それは入ってきた時の右手方向だった。 目が暗闇に慣れてくると、内部の状況が少しづつ見えてきた。 内部は、中世の城の中にある、地下牢のようで陰気臭い感じがする。 天井はドームになっていて、高い。 昔の建物そのままだ。 ”あっちへ行け!”と言われたところまで行くと、木製のドア(少し小さな ドアで、背を屈めながら入らないといけない)があり、ドアを開けるとトンネルのように狭い通路になっている。 壁には所々、ほんわりとしたランプが灯っている。 誰にもすれ違わない。 身を屈めながら通路を奥へと進むと、少し広くなっているところに出た。 洗い場らしい所も見えず、人の気配も無い。 新保「大丈夫かな・・・・・?」 俺 「ここが、何処だかちっとも分んないじゃないか。」 政雄「ここじゃ・・無いみたいだな。」 俺 「じゃあ、もっと奥へ行くか!」 喋りながら進むと、右手のドアの奥の方から、人の話し声が聞こえてきる。 声のする方へ向かう。 新保「これじゃあ、一人でこれないよ!」 停電はなかなか直らないようだ。 不気味さが増して来る。 小さな扉に手を掛ける。 これで、三つ目のドアだ。 まるでアリスの世界がここにある。 ドアを開けて中を見回す。 人の気配がする。 何かの話声が大理石の壁に響いて聞こえてくる。 何人かいるようだが、まるで見えない。 壁には、ちっちゃな灯が灯ってはいるものの、部屋が広いのか狭いのかまるで分らない。 まだ、暗闇が続く。 大理石で造られたドームが、蒸気で蒸され、ピチャ!ピチャ!と水滴のたれる音がする。 床の大理石が水を張っていて、良くすべる。 奥に洗い場らしきものを見つけた。 水道の蛇口が数箇所ついていて、お湯と水が出るようになっているようだ。 お湯を溜める所も大理石で出来ている。 これにお湯を溜めて、身体を洗ったり顔を洗ったりするのだろう。 3人思い思いのところで、身体を洗っていると、突然プロレスラーのようなゴツイ身体をしたさん助がやってきた。 さん助「マッサージをやらせろ!」 新保 「NO!NO!」 さん助「チープ!チープ!」 俺 「HOW MUCH!」 さん助「One person,50TL(1125円)だ。」 俺 「NO!NO!サンキュウ!」 そうこうしているうちに、急に明るくなった。 暗闇で、手探り状態だった中の様子が、はっきり見え出した。 部屋の中央には、大きな大理石で出来た、丸い大きなテーブルが配置されていて、その上に毛唐や地元のトルコ人たち、五六人が寝ッころがって居るではないか。 毛唐の姿を見て、少し落ち着いてきた。 トルコ人らしい”さん助”が毛唐をマッサージしている。 丸太のような大きな腕で、毛唐の身体を押し付けていく度に、毛唐は”ウン!ウン!”と唸っている。 やっと停電が修復され、あの異様な不気味さから開放されたのだ。 部屋の中のスチームで、汗が噴出してくる。 日本で言う、サウナ状態だ。 三人とも、マッサージを強制されないように、素早く身体を洗って、今来た通路を慌てて引き返す。 控え室に戻る。 おっさん「あんたら、早いね。マッサージは受けたかね?」 3人 「ええ!」 おっさん「それにしては、早いね。」 おっさんが、つっかけを持って来てくれた。 貸して貰っていたバスタオルを、二つとも濡らしてしまっていたもんだから、親切にもおっさんが新しいバスタオルを、投げて寄越してくれるではないか。 俺 「おっさん、有難う。」 おっさん「どう致しまして・・。」 熱い蒸気の中にいたせいか、ひんやりとした冷たさは気持ちがいい。 着替えて外へ出た。 扉が、”ギー!ギギギ・・・!”と閉まる。 不気味さが消えた。 気持ちのいい、おかしさが込み上げてくる。 新保「いや~~、怖かったね。真っ暗だもんね。」 俺 「いつもあんなに暗いもんかと思ったら、停電だったって言うからおかしいよな。」 政雄「マッサージ。してもらえばよかったな。」 俺 「じゃあ、もう一回行くかい?」 新保「行かない。」 夜風が、火照った身体を冷やしてくれて、気持ちがいい。 俺 「良かったな。」 新保「ホモに言い寄られるかと思って、ちょっと怖かったけど。」 俺 「窓が無いし、牢獄に入れられたようなもんだからな。」 政雄「停電してた時は、客は俺達だけと思っていたから、トルコ人に襲われるかと思ったよ。」 俺 「何も見えず、声だけ聞こえてくるんだから、無気味だったよな。」 政雄「でも、面白かったな。」 俺 「トルコに来たら、トルコ風呂に入んなきゃ、意味無いよ。」 タオルを肩に引っ掛け、石鹸箱をカタカタ鳴らしながら、トルコの夜道を歩く。 神田川の世界をトルコで演じるとは。 ここは、日本なのか。 グンゴー・ホテルに戻り、我が分身である、貴重品と出会う。 お互いの無事を喜び合うのだ。 * ロビーで久しぶりの日本語で語り合う。 女A「どうして、日本人旅行者って、ブスッ!としてて、無愛想なのかしら・・・。」 男A「あいつら、初めて外国に来て、一生懸命なんだよ。」 男B「もう自分のことで精一杯で、人のことなど構っていられないのさ。」 男A「あんたも、一人旅してごらん!」 男B「一人でビザを取って、旅行代理店を歩き回って、安い交通手段を探して、重い荷物を担ぎながら安い宿を確保する。そんな旅をしてごらんよ。」 男C「そうすれば、あいつらの事も少しは理解できるから。」 男A「それをやらない人は、外国を旅してきたなんて、日本に帰って言わないで欲しいよな。」 角にあるビア・カウンターに付き、風呂上りのビールを一杯グッ!とやる。 これはもう、たまらない美味さだ。 もうたまらんわ!! ここのビア・カウンターは夜遅くまで開いていて、地元の若いやつらで熱気がムンムンしている。 ここにはイスなどと言うものが無くて、カウンターと背の高い小さな丸いテーブルだけが、配置されている。。 立ったままで、つまみを口に運びながら、冷たいビールをググッと飲み乾すのだ。 ドイツ・ビールの美味い事。 ビールを楽しんで、一端タオルなどを部屋に置いて、もう一度グンゴー・ホテルのロビーに逆戻り。 パリから来たと言う青年(日本の)と11時過ぎまで話し込んだ。 トルコ風呂の蒸気に蒸されたせいか、夜風に当たったせいか、冷たいビールに酔わされたせいか、身体がふわふわしている。 心地良い、だるさ。 旅の途中は、疲れきって爆睡していたけど、こんな夜を迎えるのはタイ以来だろう。 シュラフに入ると、すぐにでも眠ってしまいそうだ。 イスタンブールに無事到着したと言う安堵感か。 こんなにものんびりと、こんなにも優雅に、一日を過ごせたことなんて、いつ以来のことだろう。 俺は今、アジア横断と言う偉業をやり遂げた。 出発前は、”甘い考えだ!”とか、”失敗して帰って来るだろう!”などと言う、周りの中傷もあったけど、あの時点の俺も”そうなるかも?”と思っていたのだから、成長したのだろう。 明日は船で、”Black Sea(黒海)”のある、ソ連領近くまで行って見ようと思う。 ≪Street Walker≫ ―街を歩く人or売春婦― |